佐藤美那
4人の子育てをしながら、農業をしていました。日々のイライラNI耐えるのが苦しくなり、ブレインアップデートを学びました。脳と心と体をアップデートしたことで、日々イライラを手放すことができるようになりました。
今は、大好きな動物の勉強も始めることができ、アニマルコミュニケーションもできるようになりました。
このブログでは、イライラを手放して楽しく生きられるようになってきた私の方法を記録しています。

イライラモヤモヤは未消化の感情を手放せるサイン!ブレインアップデートの仲間との関わりで開放が進みました。

難しいこと知ってるアピール
目次

「あの人ずるい!」の裏に隠れていた感情

ある人のちょっとした一言に、イラ!

努力せず、すぐ人に頼る人を見て、イラっとしました。

これは私の仲良しの大切なお友達です。
嫌いということではありませんし、この人は普段はとっても努力家。
私もこの人がいつも頑張りすぎるほど頑張っているのを知っているから、何か手伝えることがあれば喜んで手伝うし、一緒に考えたり、学び合っています。
決してズルなんかしていないし、努力せずなんてことはありません。

ただ、ある場面での出来事を勉強会でシェアしてくれた時、思わずこんな感情が自分の中で湧き上がったのをキャッチしたのでした。

私には、まだやれることがあるのに、その人がそれらを試すこともなく、人にやり方を聞いているように映ったのです。
「助けてくださ〜い」
「教えてくださ〜い」
って、甘えた言葉に聞こえたのです。

実はこの日の朝、自分のYouTubeライブ配信朝活で、私が「ある設定」をして14筋を調整したので、こんな展開になったようでした。
その設定とは「私がブレインアップデートを広めていくコンテンツ作りを進めたい!」というものです。
ブレインアップデートを進めるにあたって、宇宙さんは、
「それなら自分の中の未消化な感情を浮き彫りにしてあげるから解放しなよ♪」と見せてくれたようです^^;

他の誰も、こんなイラッとした表情はしていませんでした。
明らかに私だけ引っかかっていました^^;
それでも、思わぬ形で自分の中のある感情を解放できました。
本当に感謝です。

隠れていた感情は「お父さんに褒めて欲しい」

今まで私は、
人から優しくされている人を見るとイラッとするのかな?
と思っていました。

子供たちがおじいちゃんおばあちゃんに優しくされているのを見てもイライラしていたので、もしかしたら私も優しくされたかったのかな?と思っていたのです。

でもこの件に関しては、前回の記事に書きましたが、おじいちゃんおばあちゃんが私の中の「心配」を表出して見せてくれていた上に、それをフォローしてくれるという形で行動に表してくれていた、ということがわかりました。

この人の場合も、
「教えてくださ〜い」
と言って人を頼った時、優しくされているのを見て、ずるい!と思ったのかな?と思いました。

でも、今回も違いました。

今回は、
「私が褒めて欲しい時に褒めてもらえなかった」
という未消化な感情が隠れていたのを発見できました。

小さい時。
テレビを見ていて、わからない言葉を両親によく聞いていました。
「国連てなあに?」
すると親は、
「広辞苑があるから自分で調べなさい」
と言いました。
おかげで広辞苑よく使える子になりました(笑)
でも全然嬉しくない(笑)
(言葉の意味が知りたかったわけじゃなかったのですね。)
また父親は、車に乗っていると、よく私の質問に丁寧に解説してくれていました。
私は小さい頃、なんでも父親に質問する子供でした。
これも、おかげで色々なことに詳しくなって、今でもその知識が役に立っていると思います(笑)
でも満たされていなかった。
(解説されたかったんじゃなかったってことですね、気づいていなかったけれど)

ブレインアップデートの勉強会の中で、この時のことを先生がロールプレイで教えて下さいました。

1 質問に対して、真面目に解説をしてくれる。
…私の感情→なんか違う。しっくりこない。

それを見て先生
→本当は解説してほしくなんかないんだもん。
ただ聞いて欲しかっただけ。やり取りして関わりたかっただけだもん。

…私の感情→そうか。解説して欲しいんじゃないのか。
関わり合いたかったのか?
認めて欲しかったのかな?

ここで思い出したこと。
私が2歳の時。
ある絵を描いた時。
私のお父さんが、
「2歳でこんなに整った顔の絵が描けるなんて、この子は天才かもしれない!」
(丸の中に、目をふたつと口を描いて、周りに棒を描いて、お日様の絵を描いたもの)
このひとことが頭の中で聞こえた時、
「これだ!!」って思いました。

ここで先生が2つ目のロールプレイ。
2 「国連てなあに」の私の質問に対して。
「2歳で国連なんて言うなんて、母さんこの子は天才かもしれないよ!」

…私の感情→これだー!
こう言って欲しかったんだー!
気持ちいいー!(笑)

褒めてもらって、気持ちよさに浸っていたら、涙がわーッと出てきました。
私って、ずっとこれを人に求め続けてきていたんだー。
素直に「褒めて」って言わないで。
何か難しいこと言ってみて、「褒めてくれるかな?」って探って。
努力して頑張ってるアピールして、「褒めてくれるかな?」って探ってみる。

まさか、こんな感情が見つけられるなんて思ってもいなくて、驚きました。
面白い発見でした。
呼吸が深くなりました。

微細な感情の違い

優しくして欲しかったから、優しくされている人を見て反応していたのかなと思っていました。

褒めて欲しかったみたいです。

今回の人は、別に褒めてもらっていたわけではありません。
でもなんで感情が見つかったのでしょう?

きっと、私は、褒めてもらうために背伸びと努力をし続けてきたのでしょう。
そうしないと褒めてもらえないと思い込んでいたから。
最初がそういう経験だったから。
お父さんに、絵が上手だということを褒められたから。

努力する、頑張る、ということが自分の中で負担になっていたのかもしれません。
努力しない人が羨ましく映ったのかもしれません。

イライラモヤモヤした感情。
自分の中の心配を隠していたから、他人が表出させてくれていたパターン。
褒めてほしくて背伸びしていたパターン。
優しくされることももちろん羨ましい。

こんな、微細な感情が自分の中にあって、それをイライラモヤモヤで隠してしまっていたのですね。

素直に
心配している、とか
褒めて欲しい、とか
優しくして、とか
言えばいいのに。

子供の頃って、素直に自分の感情を感じていたら、傷つきまくって辛すぎたのでしょうね。
感情を感じないように努力した覚えが、そういえばあります。
「感情なんてなくなれば、傷つかなくて済むのに!」って。
「私は何も感じない。感情なんて最初からない。」って。
「悲しいなんて感じたくない。嬉しいだって感じなくっていい。」って。

子供の頃は、言葉が足りなかったから、親とうまくコミュニケーションが取れなかっただけなんでしょうね。
親なんだからわかってくれているに決まってるって、絶対的な期待をしていたと思う。
それで、勝手に「期待が裏切られた!」って傷ついてた。

子供なんだから、
褒めて!
認めて!
愛して!
なんて、言えるわけないですよね(笑)
うちの親は、子供を愛して当然みたいな親だったから。
「そんなことわざわざ言うことでもない」
て思っていたと思う。
愛情注ぎすぎで、過保護だったし、質問にはバカに丁寧に解説してくれていました。
欲しい形の愛情じゃないって、怒っていただけ。私が。
ひねくれていたんだね(笑)なぜかね(笑)

感情を味わい切って解放

今は、ブレインアップデートを学んだので、本当の自分に向き合えるようになっています。

隠してきた感情を感じてあげる。
見つけてあげる。

見つけられれば、それが必要な感情なのか、勘違いからのしがらみなのかがわかります。

本当の自分の気持ちって、隠してきちゃってると、自分でも見つけられないものなのですね。

ブレインアップデートの中に入って、先生や仲間同士で学び合う中で、どんどん解放できていっています。

自分の感情を素直に表現することで、本当の健全な人間関係が築けます。
自分にも自信をもてます。
人を変に試すようなことを言わずに済みます。
褒められるための行動をとらなくて済みます。

心からやりたいことをできようになる。
内側から湧き上がるエネルギーで行動できるようになる。
自分自身で選択して行動できるようになる。
自分の価値に自分で誇りを持てるようになる。

言葉で聞いていただけでは入ってこなかったこと。
こうやって、学びを通して、仲間と過ごすことで、少しずつ腑に落ちてきました。

ブレインアップデートの中にいられることに感謝です。
ありがとうございます。

そういえば、子供たちもこのことを私に見せてくれていました

3歳の息子が、8歳のお兄ちゃんの真似をして、分厚い本を開いています。
文字も読めないから、絵がない本は逆さに持ったりして(笑)

でも全然面白くない。
うまくできなくて、お兄ちゃんに八つ当たり。
お兄ちゃんは好きな読書を邪魔されて、弟に蹴り(笑)
弟、大騒ぎ。→ママに言いつける(笑)

背伸びして拗ねていないで、自分の好きなことしていいよ?
本、読んでもいいし、読まなくたっていいよ。
あなたの好きなことは何?

こうやって、関わるようになったから、子供たちも落ち着きました。

3歳の息子は、料理のお手伝いが好き。
でもお兄ちゃんの本も、相変わらず開いて見てはいます。
今度は、絵の部分だけを、楽しそうに。

5歳の娘も、実は褒めてほしくてお手伝いをしてくれていたことに、私も目を向けられるようになりました。
ついケンカで騒いでいる男の子の方ばかりに目がいってしまっていました。

子供達の、声にならない要求に気づけるようになったのは、私のこの気づきのおかげです。
子供たちが私に手放していいんだよと気づかせてくれた、ということでもあると思います。

自分の感情の掘り下げ。
子育てのイライラを手放す。
この両方ができて、楽しい毎日です。

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